第1回
「狂言作者の仕事と手紙 その1」

ゲスト:狂言作者 竹柴 聡さん
第1回の歌舞伎ナビゲーションは、ナビゲーターとして狂言作者の竹柴聡(たけしばさとし)さんをお招きすることにいたしました。狂言作者さんはチョンチョン(1つであったり多くであったり様々な種類があります)という歌舞伎の柝を打ってる方で、このコーナーの第1回目にぴったりのナビゲーターです。
では、歌舞伎ナビゲーションの幕あきです。
チョン、チョン、チョン、チョン、チョン、チョン、チョン、チョン・・・チョン。
竹柴聡さんのプロフィール:昭和41年10月12日生。本名 伊藤 聡。秋田県出身。/大学在学中に芝居ばかり観ていて通学せず、ついに大学を振り捨てて、昭和63年6月、作者部屋に入門。

<竹柴聡さんとのツーショット。「封印切」開幕前の写真(博多座にて)>



嶋之亟「狂言作者の竹柴聡さんをご紹介いたします。」

竹柴聡さん「竹柴聡です。よろしくお願いいたします。」

嶋之亟「こちらこそよろしくお願いいたします。今日は狂言作者さんのお仕事についてお話いただき、舞台で使う手紙などについてのご質問にお答えいただきたいと思います。狂言作者さんのお仕事といえば幕あき幕切れのチョンという柝の音が思い浮かびますが、もともとは歌舞伎の台本を書くのが狂言作者さんのお仕事だったわけですね。そのあたりのことをお話してください。」

竹柴聡さん「作者部屋という所は、本来は芝居の台本を書いていたセクションだったのですが、近代以降、外部の作家の執筆が多くなり、また歌舞伎そのものの古典化も急速に進み、作者部屋での台本の執筆というものはほとんどといっていい程無くなりました。そこで現在の作者部屋の仕事ですが、かって「南北」や「黙阿弥」といった「立作者」の下で働いていた人達がしていた、芝居をカゲから支える裏方としての仕事がその多くを占めることになります。大別すると、実際の舞台に於ける現場の仕事と、作者部屋に於けるデスクワークとに分けられます。デスクワークは後に申し上げることにして、まずは舞台の仕事に関して簡単にご説明したいと思います。」

嶋之亟「狂言作者さんのお仕事といえば、舞台でのお仕事、とりわけ柝を打っておられる姿が目に浮かびますが、そのあたりのお話をお願いします。」

竹柴聡さん「舞台の仕事で最も重要なのは、やはり柝を打って舞台を進行することです。我々が使用している柝は、柝頭(きがしら)と呼び、長さ25、6cm位、巾4cm、厚さ5cmといった大きさの白樫の角材で、打ち合わす面だけが、かまぼこ状に丸くけずられています。さて実際の用法ですが、朝一番に打つのが「着到止め」です。開演三十分前に黒御簾で演奏される「着到」という鳴物の後に、着到が済みましたという楽屋への合図に二つ打ちます。その後が開演十五分前に二丁。これも文字通り二つ打ちます。二丁は俳優さんが、衣裳をつけたり、「あたま」をかぶったりする目安として重要な知らせです。」

嶋之亟「はい、私たち役者にとって「二丁(にちょう)は出番の準備をする大事な目安ですね。」

竹柴聡さん「その後が開演五分前を知らせる「廻り」。楽屋で三っ打った後、舞台迄ほぼ等間隔に打ち進んでゆき、開演まで適当な間隔で打っています。」

嶋之亟「幕が開いたとき舞台にいる役、いわゆる「板付き」の役の時、出演者はこの「廻り(まわり)」には舞台でスタンバイする習わしになっています。」

竹柴聡さん「いよいよ開演という時には、黒御簾の前で二つ柝を打ち(これを「直す」といいます)これをきっかけに幕明きの唄や合方、鳴物がかかり、柝を大間から次第に細かく打ち込んでいきます。(これをきざむといいます)合方だけの時はそれ程でもありませんが、唄入りや鳴物の時には、柝を打ち込む場所が厳格に決められているものもあり、また定められた寸法で幕を明けなければならないものもあり、幕明きは幕切れ以上に気をつかう場合もあります。幕切れはやはり「きざみ」に先んじて打つ柝の頭(かしら)がポイントです。俳優さんの動作や呼吸に合わせて打つのは慣れないと中々うまくできず、俳優さんからの注文もやはり柝に関しては、この柝の頭に集中します。その後のきざみは、段々に細かくきざみ込んでいく「きざみ幕」と、最初から細かくきざみ込んでいく「拍子幕」と二種類あり、それを場合によって使いわけています。」

嶋之亟「幕切れの柝のきざみかたに違いのあることは体で分っていましたが、「きざみ幕」と「拍子幕」という名前は知りませんでした。勉強になりました。」

竹柴聡さん「さて、柝を打つことで、意外と芝居の外の方にも知られているのは、忠臣蔵の大序の幕明きでしょう。ご存じのように「天王立下がり葉」という特殊な鳴物に合わせて、定められた場所に柝を打ち込んでいって、それに合わせてゆっくり定式幕が引かれていき、俗に四十七の柝で明けると言われていますが、これはとんでもないことです。現在の歌舞伎座の間口で普通にきざんで幕をあけても、四十や五十の柝は簡単に打ってしまいます。或いは昔の五間や六間位の間口の劇場では、本当に四十七であけていたのかもしれませんが、それは今では知る由もありません。いずれにしても近代以降の大劇場では四十七であけることは、とても無理な話なのです。ただかなり強引な考え方として、鳴物の田中流の天王立下がり葉の譜には柝を打ち込むべき箇所が四十七定められており、後半鳴物の拍子から離れてきざみ込んでいく部分を除けば、一応「四十七の柝」というものが成立するようになっているそうです。」

嶋之亟「なかなか興味深いお話ですが、一般のかたがたには少し難しいかもしれませんね。ところで柝を打つ以外に舞台のお仕事として、大事なお仕事がありますね。」

竹柴聡さん「そうです、我々の舞台での仕事としては、柝を打つ以外にプロンプターの仕事があります。俳優さんにセリフをつける仕事です。西洋演劇のプロンプターのように、プロンプターボックスから、いわば、俳優さんの前からセリフをつけることは無く、我々の場合は、衝立のカゲからとか、上手の屋体の中からとか、襖のカゲからとか必ず後ろからつけるので、「後ろをつける」とか「後ろにいく」等という言い方をします。」

嶋之亟「以前、黒衣を着た人が「ゴホン、ゴホン」というと、前にいる役者がセリフと間違えて「ゴホン、ゴホン」と言ってしまう○○散のコマーシャルがあって、それ以降、バラエティー番組などで黒衣姿が使われることが多くなったような気がしますが、あのセリフを付ける仕事も狂言作者さんのお仕事ですよね。役者としては出来るだけお世話にならないほうが良いわけですが、そこは人間、なかなか覚えにくいセリフもありますし、覚えているのだけれど、後ろに狂言作者さんがいらっしゃるだけで、安心ということもありますね、特に初日から数日間は・・・・・。役者によってプロンプの付け方はいろいろと違いますか?」

竹柴聡さん「ベタでセリフをつけていなくてはいけない俳優さん、自分の覚えたセリフをつけられるのを嫌がる俳優さん、プロンプター自体、後ろにいてほしくない俳優さん、逆に1ト月二十五日間、いて欲しい俳優さん。我々のプロンプターの仕事も俳優さんの好みによって様々に変化します。通常は初日があいてから一週間程度で離れてしまうことが多いのですが、場合によっては一ト月二十五日間、後ろにいることもありますし、三日程で離れてしまうこともあります。自分の担当狂言で、セリフ覚えの悪い俳優さんがいるときは、やはりちょっと憂鬱になってしまいますが、これは仕事とは言え人情というものではないでしょうか・・・・・・。」

嶋之亟「私などは長ぜりふをいうこと自体があまりないので、プロンプターさんのお世話になったことはほとんどないのですが、逆に歌舞伎以外のお芝居で狂言作者さんのおられないときに、何回かプロンプターをつとめた経験があります。演者と呼吸を合わせるのがなかなか難しく、毎月やっておられる狂言作者さんはこれだけでも気苦労の多いお仕事だと思います。」

(第2回に続く)




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