片岡嶋之亟、私の生い立ち 第17回

 <好きな本>

 前回もお話しましたが、、家では定期購読している「小学○年生」以外の雑誌は買って貰えなかったのです。両親とも教育者の家庭なので、なんとなく雑誌は買わないという雰囲気がありました。私の大好きな「冒険王」「漫画王」という雑誌は貸し本屋で借りて読んでいましたが、祖父母の間人にいるとそれが買ってもらえたのです。間人では「如月です。」といえば、祖父母の営んでいる旅館のツケにすることができ、町に二件しかない書店、東(あずま)書店、中江書店で読みたいなと思った本は持ち帰り放題でした。八人の子供(二人は早世)を育てながら、一代で置屋業を起こし、それを旅館業にしていくという経済的に大変厳しい生活だった頃、大変読書好きだった祖母は末の子供(私にとっては叔父)が通っていた学校の図書館から次々と本を借りてもらい、相当数の本を読んでいたらしいのです。新しいことにも目を向け、当時田舎ではそれほど知られていなかったと思われる、ロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」なども読んでいたようですし、田舎の旅館の女将としては珍しいタイプだったように思います。私が生まれた頃は旅館業も安定していましたし、その祖母の懐に包まれて、本に関しての私のわがままは野放しでした。欲しいと思った本は何でもツケで手に入るし、両親に買ってもらう本とは系統の違う本も間人では手に入るという楽しみがありました。もちろん間人で読んだのは漫画雑誌ばかりではなく、どちらかというと童話など、普通の本の方が多かったのです。
 成長とともに好きな本の種類は変わっていましたが、童話、昔話、神話はずっと好きでした。日本昔話、アンデルセン童話、グリム童話をはじめとする世界各国の童話、日本神話、ギリシャ神話をはじめとする世界の神話。特に神話の神秘的でワクワクする、スペクタクルの世界には興味を抱き続けていました。今でもそれは変わらず、ギリシャ神話や東洋美術と星の関わりについて書かれた野尻抱影氏(鞍馬天狗などの原作者である大仏次郎氏の兄)の著書は愛読書となっています。童話好きも変わっておらず、先年TVで「まんが日本昔話」が随分長い期間放映されていたとき、よく見ていました。アニメーションの素朴な絵も素晴らしかったですが、市原悦子さんと常田富士夫さんの絶妙な掛け合いと語りが心を捉えました。
 それ以外にも子供のためのいろいろな全集を読みましたが、母方の祖父が母に買った本(アルス社の日本児童文庫)は古風な装丁で、私のお気に入りの全集でした。童話、神話や物語だけでなく、科学など様々な分野の本があり、百冊を超えていたと思いますが、みんな興味深い本ばかりで、私は全部読破していました。もちろん少年なら誰でも好きになる冒険ロマン、「宝島」「ロビンソン・クルーソー」「ガリバー旅行記」「十五少年漂流記」「トム・ソーヤの冒険」「ハックルベリー・フィンの冒険」「三銃士」「岩窟王」「ピーターパン」などはワクワクして読んでいました。今の子供たちに人気のある、テレビのアニメーション「ワンピース」は「宝島」にルーツがあるように思います。読んでいてワクワクできる本が大好きなのは当然ですが、「アラビアンナイト」などの幻想的なロマンにとりわけ惹かれていたようです。長じてからは伝奇的な小説を読むことが多くなり、本の好みと同じように、歌舞伎も幻想的なロマンを感じさせる作品が大好きです。「将門」「関の扉」「八犬伝」「桜姫東文章」「双面」などという、おどろおどろしく、わくわくする作品が大好きで、他の歌舞伎の演目とは違った興奮を覚えます。
 子供の頃、本を読んでいる時は、その場その場で物語の語り手になりきっていましたから、女形の気持ちも疑似体験していたのではないかと思います。悪者に襲われるお姫様にもなり、それを助けに行く正義の味方にもなりきりながら、本の世界に没入していたのでしょう。私の場合、その当時本の中の登場人物に感情移入していたことと、今女形の役作りをすることとは、本質的にはさほど違いがないような気がします。



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